——自己紹介と、現在のオーケストラでの役割についてお話しいただけますか?
ホルン奏者の今井仁志です。オーケストラ・アンサンブル金沢、東京交響楽団を経て、1999年にNHK交響楽団に入団しました。2013年より首席奏者を務めています。

——グスタフ・マーラーの交響曲第3番は、オーケストラのレパートリーの中で最も長い作品の1つで、壮大な作品でもあります。初めて聴く方のために、この曲を簡単に紹介いただけますか?
交響曲第2番《復活》では人と神の関係をテーマとしているのに対し、交響曲第3番では自然への崇拝、自然への回帰を主題にしているように感じられます。一方で「自然」と「神」はともに畏敬すべき超越的な存在であり、この2つの交響曲では同じような対象を扱っていると言えるかもしれません。
第3番は演奏するのに100分ほどかかる長大な作品であるのにも関わらず、退屈しない作品です。そのように感じるのは私がプレイヤーだからであって、聴き手にとってはそうではないのかもしれませんが。
第1楽章は30分以上かかります。そして曲全体は6つもの楽章から構成されます。ですから聴き手にはある種の“覚悟”が必要です。ある程度作品の内容を知ってから聴くことをお勧めします。
——この交響曲の冒頭は、ホルン・セクション全員で演奏される重要なテーマですね。首席ホルンとして、またホルン・セクション全体として、この交響曲はどのように演奏されるべきだと感じますか?
マーラーらしい始まり方をしています。作品の印象を決めることになる、この冒頭のテーマをホルンに任せてもらえることに、やりがいを感じます。張り切って演奏したいと思います。
このテーマはホルン8本で演奏されますが、これだけ多くのホルンが集まると、宇宙を感じさせるような奥深く、広がりのある響きになります。これはトランペットやトロンボーンには出すことができない魅力でしょう。そのあたりを感じてもらえればと思います。
——マーラーのホルン・パートの書法は、ヴィルトゥオーゾ的でありながら、きわめてホルンらしいものでもあります。この交響曲でホルンが奏でるその他の聴きどころを教えてください。
第1楽章で、有名なトロンボーンのソロと同じようなパッセージを、ホルンのユニゾンもトロンボーン・ソロと語り合いながら奏でていきます(57小節目〜[上記3:19〜]/99小節目〜[上記4:57〜])。そこは1つの聴きどころだと思います。
——この交響曲は、トロンボーンの有名なソロや、スケルツォのゾクゾクするようなポストホルンのソロなど、オーケストラの金管楽器奏者にとって最も素晴らしい交響曲の1つです。この曲のリハーサルや演奏の際、オーケストラの他のセクションの奏者とどのように連携しているかをお話しいただけますか?
例えば 上記 の質問で答えたトロンボーン・ソロとの掛け合いの部分では、お互い呼応してアーティキュレーションを揃えるのか、あるいは反駁しあうのかなど、その方向性をトロンボーン奏者と相談します。このような各プレイヤーと音楽の方向性を確かめる打ち合わせは、リハーサルで日常的に行われています。
——初めてこの作品を聴いたとき、どのような印象を受けましたか?
冒頭の8本のホルンのソリに惹きつけられました。でもいつまでたっても第1楽章が終わらなくて・・・。しかし決して退屈はしませんでした。
この交響曲の各楽章に当初付けられていた標題(序奏:牧神が目覚める/第1楽章:夏が行進してくる(バッカスの行進)/第2楽章:野原の花々が私に語ること/第3楽章:森の動物たちが私に語ること/第4楽章:夜が私に語ること/第5楽章:天使たちが私に語ること/第6楽章:愛が私に語ること)を参考にしながら聴いたことも覚えています。
第4楽章「夜が私に語ること」ではアルト・ソロと女声合唱が独特の雰囲気を醸し出していて、まるで夢の中にいるような感覚を覚えました。
——NHK交響楽団は、アジアにおけるマーラーの音楽の復興の最前線に立ってきたなど、マーラーと特別な関係があります。今井さんにとって特別なマーラーの演奏や録音の思い出はありますか?
マーラーの作品はお客様からの人気が高いこともあり、数多く演奏してきました。その中でとりわけ印象深かったのは、2022年10月にヘルベルト・ブロムシュテットの指揮で演奏した交響曲第9番です。敬虔なキリスト教徒であるマエストロは、その当時すでに95歳を超えていましたが、死をテーマとするこの交響曲で何か祈りのようなものを感じさせられ、特別なコンサートとなりました。
N響は放送オーケストラなので、その演奏は毎回録画・録音されます。後々の人たちに発信していくという気概を持って、それに恥じない演奏をしたいと思います。
マーラーやブルックナーを演奏するときは、やはり気合が入ります。ホルンはそのオーケストラのカラーを決めてしまう楽器だと思うので、その意識を持ちながらいつも演奏に臨んでいます。
——マーラーの音楽を初めて出会う聴衆や演奏者に、どのようなアドバイスをしますか?
マーラーの作品は、とても人間臭い音楽だと思います。現代人の葛藤、ストレスのようなものも感じられます。少し病んでいる現代の世相にもあっているのでしょう。
その音楽を前にして身構える必要はありません。感じるままに聴けば、音楽がすっと身体に入ってくることでしょう。
——マーラーの交響曲第3番を聴くべき理由は何ですか?
大きな戦争が始まり、先を見通せなくなってしまった21世紀を生きる私たちにとって、自然に回帰し、自然を賛美し、そして最終楽章で愛について熟考するこの交響曲は、人類の本来あるべき姿を考える上で、大きなヒントを与えてくれるような気がします。
NHK交響楽団はマーラーの交響曲第3番を4月26、27日にNHKホールで演奏します。また、5月11日にアムステルダム・コンセルトヘボウでの マーラー・フェスティバル でも演奏します。
本記事はNHK交響楽団の提供によるものです。
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