——神田さんご自身について、自己紹介をお願いします。

1994年にNHK交響楽団に入団し、1999年に首席奏者に就任しました。今回《ダフニスとクロエ》を指揮するシャルル・デュトワさんがN響の常任指揮者に就任した頃です(1996年に就任)。

神田寛明とフルート・セクションの同僚たち © NHK交響楽団
神田寛明とフルート・セクションの同僚たち
© NHK交響楽団

私が入団したころはウォルフガング・サヴァリッシュさん(元桂冠名誉指揮者)、ホルスト・シュタイン(元名誉指揮者)さんがまだ元気で、世の中からはN響はドイツ・オーストリー系のレパートリーが得意なオーケストラとしてみられていました。

デュトワさんが着任してから一番変わったことと言えば、音の出るタイミング。それまでは、指揮棒が下りてから音がでるまでに一瞬の“ため”がありましたが、デュトワさんは指揮棒に即座に反応することを私たちに求めました。やがてオーケストラの音色が変化し、フランスやロシアの作品を演奏する機会が増え、海外公演も数多く行うようになりました。私はまさにN響が変わっていく過程を見てきたように思います。

——ご自身のN響での音楽的役割や責任についてお話しいただけますか?

《ダフニスとクロエ》のようにアンサンブルが込み入っていて、奏者の数も多い曲の場合は、オーケストラの中での座席の位置の関係もあり、オーボエの首席奏者とともに木管楽器全体の「旗振り役」「まとめ役」を担うことが多いと思います。

N響のフルート・セクションにはもう1人の首席、甲斐雅之さんがいますが、通常1つのコンサートに2人の首席奏者が出演することはなく、今回の《ダフニスとクロエ》では、私が1番フルートを演奏します。

——ラヴェル作曲「ダフニスとクロエ」は有名なバレエ音楽であると同時に、オーケストラのレパートリーとしても定番となっています。このユニークな作品について簡単にご紹介いただけますか?

大きな編成の曲です。たくさんの楽器を必要としていますが、ラヴェルはそれらを効果的に用いて、まぶしい輝きからほとんど光を感じられないところまで、いろいろな色彩を描き出します。そしてすべて奏者に高度なテクニックや集中力を強いる作品でもあります。

《ダフニスとクロエ》は何度も演奏してきた作品ですが、楽譜に書かれている数多くの情報は、どれ1つとして不要だと感じらません。それらが合わさった時の効果をあらかじめ計算した上で、奏者も演奏しなくてはなりません。やりがいのある作品です。

フルートには〈パントマイム〉というとても有名なソロもあり、フルート奏者にとってとても重要な作品となっていて、オーケストラの入団試験では、ほぼ必ず出題されます。

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神田寛明とその同僚。
© NHK交響楽団

——この複雑な作品における首席フルート奏者としてのご自身の役割について、お話しいただけますか?

首席奏者に限らず、オーケストラにおけるフルートの役割を植物に例えるなら、自分で言うのも幅ったいですが、「根」「茎」「葉」ではなく、「花」でしょう。「花」は散ってしまうこともありますが(笑)。特にフランス近代の作品では、とても 高い音域で、輝きや色彩、飾りなどを表現することを求められます。〈夜明け〉では小鳥の役割をフルートとピッコロが務めます。もっともワーグナーは小鳥以外の役割をフルートにあまり与えてくれませんが(笑)。

首席奏者として「まとめる」という意識をもって演奏することはほとんどありません。N響は首席奏者だけでなく、2番奏者やトゥッティ奏者のレベルが高く、それぞれが一流の音楽家として、全体の調和の中で個々の能力を出すことに長けています。ですから自身のパートの楽譜だけを見て演奏しても、おのずとアンサンブルが形作られていくのです。信頼できる仲間と演奏していると、とてもやりやすいです。ですから、責任ということをあまり考えたことはありません。

ラヴェルの《ダフニスとクロエ》より〈パントマイム〉のフルート・ソロ

——ラヴェルの木管楽器の作曲は、技巧性の高さで知られています。フルートの重要なソロに加えて、他に特に注目すべき木管楽器のハイライトはありますか?

有名な〈パントマイム〉のソロの後に、ピッコロの最高音から、フルート1番、フルート2番、そしてアルト・フルートと、切れ目なく受け継いで急降下する音階があります。これは一番難しいですね。途中から入ってくる2番手、3番手、4番手は特に難しいと思います。“一本の線”としてつながらなくてはならず、デュトワさんはこの部分を厳しくリハーサルをされます。木管楽器、金管楽器、打楽器を問わず、ほかの楽器にもたくさん目立つところがありますが、どの楽器にとっても大変難しい作品です。

このような複雑な作品において、木管楽器の同僚やオーケストラの他のセクションの演奏者とどのように連携していますか?

楽譜通りに演奏すれば、音楽の流れはつながるはずです。その正確さの追求において、デュトワさんは大変厳しい方です。とにかくリズム、テンポを正確にせよと。それまでも正確に演奏してきたつもりだったのですが、デュトワさんが求める完成度は私たちの感覚と桁が1つ2つも違います。

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シャルル・デュトワ
© Cătălina Filip

指揮者がどのような音楽を求めているのかも大切ですが、何より大切なのは、楽譜に書かれている通りに演奏すること。ラヴェルの場合は、強弱など楽譜に詳しく指示が書きこまれています。もちろん細かいニュアンスまでが書かれているわけではないのですが、そこはデュトワさんがN響に30年以上にわたって持ち込んできてくれた“ラヴェルの香り”といったものを私たちは熟知しているつもりなので、それを再確認してその通りに演奏することになります。30年もたてば楽員も入れ替わりますが、デュトワさんだけでなくサヴァリッシュさんなどの巨匠から学んだことは代々受け継がれていると思います。

あと生徒たちにいつも言っていることですが、1番奏者はとても楽なのです。どこかに合わせようと、あまり気を遣う必要がないからです。コンサートマスター、チェロの首席、そして1番オーボエなどとはもちろん連携していくのですが。一方で2番奏者は1番奏者にぴったり合わせなくてはならならず、これはなかなか難しいことです。先日行われたヨーロッパ公演のマーラー《交響曲第4番》で私は4番フルートを吹きましたが、1番奏者から距離が離れていていることあり、とても大変でした。1番と4番は仕事内容が全く違いますね。1番奏者はソロを吹くことも多いので、誰かに合わせるよりも、自分自身が主体となって積極的に演奏する必要があります。

——初めてこの作品を聴いたとき、どのような印象を受けましたか?

初めて《ダフニスとクロエ》をしっかり聴いたのは、初めてこの作品を演奏した時でした。1994年にミシェル・プラッソンさんの指揮で2番を吹きました。有名な作品ですからそれまでも知ったつもりではいたのですが…。ラヴェルはもともと好きな作曲家であり、この曲も素敵ですし、その作品を演奏できることはとてもうれしいことでしたが、演奏するのがとにかく難しく、吹くことだけで必死でした。

——特に特別な録音や演奏の思い出はありますか?

実はデュトワさんの指揮で1番を演奏したことはありません。個人的に《ダフニスとクロエ》で一番印象的だった指揮者はピエール・ブーレーズさんです。〈夜明け〉冒頭のフルートとクラリネットによる12連符の細かい音型は大変演奏が難しいのですが、そこでテンポを動かす指揮者もいて、そのような場合「私たちはどのように演奏したらいいの」と言いたくなってしまうような状況になってしまいます。しかしブーレーズはそのようなことはまったく無く、楽譜に書かれていないリタルダンドなどは一切しません。そしてひたすらメトロノームのテンポに合わせるかのように指揮をしているにもかかわらず、巨大な音楽が立ち上り、うねりが生じるのです。アンドレ・プレヴィン(元首席客演指揮者)さん、ウラディーミル・アシュケナージ(桂冠指揮者)さん、そして最近ではフアンホ・メナさんとの演奏も印象的でした。

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《ダフニスとクロエ》より〈パントマイム〉の第1フルートのソロ
© IMSLP | Durand & Cie

——《ダフニスとクロエ》の中で、個人的にお気に入りのパッセージはありますか?

もちろんフルート最大の見せ場である〈パントマイム〉は大好きです。作品が始まってすぐにフルートが奏でる「ニンフの主題」もお気に入りです。オーケストラ全体が速いテンポで演奏する〈戦いの踊り〉や〈全員の踊り〉も楽しいですね。またこの曲はフルート各パートのアクロバティックな掛け合いが聴きどころで、やりがいが あ ます。

——ラヴェルの音楽を初めて聴く聴衆や演奏家に向けて、どのようなアドバイスをされますか?

《ダフニスとクロエ》はラヴェルでもっとも規模が大きい作品です。静かなところから激しい部分まで起伏にあふれ、音量もピアニッシモからフォルティッシモまで変化に富んでいます。この曲に詰め込まれたさまざまな要素を味わっていただきたいです。

そしてラヴェルの“香り”を楽しんでいただければと思います。“臭い”ではなく、ほのかに漂ってくる“香り”です。今までN響になかった香りを引き出すことに成功したのがデュトワさんです。コンサートホールに足を運んで席に座っていただき、その香りを楽しんでいただけるだけで十分だと思います。聴いていて飽きてしまうような作品ではありません。細かいところに注目すればいくらでも深掘りできますし、バレエのストーリーに着目して聴いてみるのもいいでしょう。各楽器の名人芸にも注目です。

ラヴェルの《左手のためのピアノ協奏曲》で演奏する神田寛明

——ラヴェルの《ダフニスとクロエ》を聴くべき理由は何ですか?

ラヴェルは今年生誕150年。この時代のフランスで作曲された作品の中で一番華やかで豪華絢爛な作品が《ダフニスとクロエ》です。エキゾチックな要素もあわせ持ちつつ、さまざまな“香り”が詰まっています。聴いていただきさえすれば、その魅力が伝わると思います。そしてデュトワとの《ダフニスとクロエ》は、《春の祭典》などと並んで「デュトワ&N響」のコンビを象徴する作品と言えるでしょう。その演奏を多くの方に聴いていただきたいですね。


NHK交響楽団は11月14日と15日にラヴェルのダフニスとクロエを演奏します。

本記事はNHK交響楽団の提供によるものです。

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