2年前、ユンチャン·イムとマリン·オールソップは、ヴァン·クライバーン国際ピアノ·コンクールで旋風を巻き起こした。オールソップの指揮のもと、イムはラフマニノフのピアノ協奏曲第3番ニ短調の演奏で勝利へと邁進し、コンクール史上最年少の優勝者となったのだ。ヴィデオ録画はYouTube上で1400万回以上再生され、21歳にもならないイムの公演は、今や世界中のコンサートホールで確実にソールドアウトとなる。彼は今週オールソップと再会し、彼女の古巣、14年間音楽監督を務めたボルティモア交響楽団と、同じくラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ハ短調に挑んだ。

ユンチャン・イム、マリン・オールソップとボルティモア交響楽団 © Yaseen Jones
ユンチャン・イム、マリン・オールソップとボルティモア交響楽団
© Yaseen Jones

そもそも、ありきたりなコンサートにはならないだろうという予感はあった。これまでにロビーにソリストへのプレゼントを置くためのテーブルが用意されていたのを見た覚えはないし、度を超したファンたちがアーティストに押し寄せることのないよう、警備員たちがステージの端に配置されているのを見たこともない。また、最後にジョセフ·マイヤーホフ·ホールが平日の夜に満席となったのはいつのことだろうか。(4月25日の公演は、金曜夜と日曜昼公演が売り切れた後、需要に応えて追加された。)だがイムが最初の数音を弾いた瞬間、彼の呼び起こしている熱狂的反応がけっしてまぐれ当たりではないことがたちどころに明らかとなった。もしかするとかつてのユジャ·ワン以来、若いピアニストがあのような洗練と華々しさとの完璧なバランスをそなえて登場したことはなかったかもしれない。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、第3番のようなブラヴーラの昂揚はないかもしれないが、それにおとらずヴィルトゥオーゾな挑戦だ。時にひとつのフレーズのうちに同居している叙情とウィットと情熱との間の緊密なバランスを要求するこの曲は、奏者の試金石となる。イムはその困難を巧みに処理した。第1楽章において、彼は弦楽器の重厚なオーケストレーションを突き抜けるような、それでいて過度に自己主張することのない、豊かで堂々としたサウンドを放った。また、ほとんどの主題がオーケストラに割り当てられ、ピアノのカデンツァもない、作曲家がソロ楽器よりもオーケストラを重視していると思われる箇所では、イムのアプローチは大胆で挑戦的になり、楽曲のストーリーのなかでその役割をはっきりと主張している声のように響いた。

第2楽章ではうまくギアを切り替え、耳なじみの主題をいつも以上に詩的で内省的な響きで奏でた。フルートとのデュエット部分では室内楽のような親密さを醸しだし、ホールに響きわたった副首席フルート奏者クリスティーン·マーフィーの甘いフルートの音色は、続くジェイワン·キムの美しいクラリネット·ソロの下地をつくった。だが、ロマンティックなムードにばかり浸っていたのではない。イムはスタッカートやアルペッジオに大いにユーモアを込め、続いてアグレッシヴな終楽章では華麗な技巧を披露した。

度重なるカーテンコールに応え、イムは1曲だけアンコール——フェリックス·メンデルスゾーンの無言歌 作品85の4——を弾いた。それは美しく整った演奏であったが、聴衆の反応からすると(拍手は客電が点ったのちもしばらく熱心に続いていた)、他の選曲の方がよろこばれたことだろう。だが偉大なアーティストの例にもれず、イムは彼らにもっと聴きたいと思わせておくすべを知っている。

オールソップがラフマニノフをプログラムの最後に置いたのは賢かったが、これはイムの出番が前半で終わってしまうと、休憩時にファンがごっそり退出してしまうかもしれないことを考慮したのかもしれない。コンサートの前半は彼女によると「ふたつのまったく異なる立場からのアメリカの経験」を讃えるものだった。カルロス·サイモンの《アーメン!》は牧師の息子として育った作曲家自身の経験に基づく。彼は教会の礼拝の賑わいを輝かしいチャイム、ブルース調のトロンボーン、沸き立つ木管楽器群で表現している。曲が進むにつれて反復的な要素が目立つようになるが、オールソップとボルティモア響は熱心に演奏し、今後サイモンの作品をもっと聴きたいと思わせてくれた。

チャールズ·アイヴズの交響曲第2番は、ムラのある出来となった。両端楽章は作曲家の才気を存分に味わうには大げさすぎて、オーケストラがしばしば不必要に豪奢になるため、アイヴズが巧妙に選んだ引用がキッチュに感じられた。そこかしこに温かく輝かしい響きが聴かれたものの、全体として演奏は今ひとつまとまりを欠いた。そうした中でも、首席チェロ奏者ダリウス·スコラチェフスキのソロのパッセージは見事だった。

Translated from English by Takuya Niinomi
翻訳:新野見 卓也

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