グスタフ·マーラーの交響曲第1番のコーダにおいて8人のホルン奏者が立ち上がるとき(ここではマーラーの指示よりすこし遅く)ほど、オーケストラ·コンサートを締めくくるのにスリリングな光景はないだろう。そしてロンドン交響楽団とその新しい首席指揮者であるサー·アントニオ·パッパーノの婚礼を祝うのに、これ以上スリリングな方法はないだろう。同コンビはこれから日本、韓国、中国への12公演から成るハネムーンに赴く。

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LSOを指揮するサー・アントニオ・パッパーノ
© LSO | Mark Allan (9th September 2024)

マーラーは劇場の人であり、1897~1907年の波乱の10年間、ウィーン宮廷歌劇場の監督を務めた。彼はオペラこそ作曲しなかったが、彼の交響作品には芝居気に満ちている。そしてパッパーノ自身も、LSOの前任者とはちがって劇場の人であり、彼の圧倒的なマーラーの第1番からはドーランの匂いが立ち上るようであり、聴衆も大きな歓声で迎えた。

冒頭から熱気に満ちていた。木管楽器の小鳥のさえずりが響きわたる森の中をさまよえる若人が意気揚々と出発する——影に潜む脅威も聞こえるが。一方、中間楽章での合言葉は辛辣さ、すなわち素朴なレントラーでの弦楽器の強いアタック、第3楽章の憂鬱な葬送行進曲を中断させるクレズマー風の噴出での鋭いE♭クラリネットの叫びなどである。

サー・アントニオ・パッパーノ © © LSO | Mark Allan (9th September 2024)
サー・アントニオ・パッパーノ
© © LSO | Mark Allan (9th September 2024)

パッパーノがマーラーのスコアから最後の一滴までドラマを引き出すなか、終楽章の始まりの激しさは、ティンパニを爆発させそうなほどだった。甘美な瞬間がなかったわけではないが、これは間違いなく心を躍らせるものだった。

プログラムの一曲目も心を躍らせるものであった。カロル·シマノフスキのめったに演奏されない演奏会用序曲は12分ほどのR.シュトラウスを模倣した曲で、イケイケの金管楽器が《ドン·ファン》のような大騒ぎを繰り広げる。演奏も上手く、超楽しい曲で、東京、ソウル、上海での公演のためにしっかりと荷物に仕舞われた。

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ユジャ・ワン
© © LSO | Mark Allan (15th September 2024)

LSOとパッパーノの極東ツアーには大スターのピアニスト、ユジャ·ワンも帯同するが、それが良いのか悪いのかは微妙だといえよう。技術的には洗練されていたが、日曜日[9月15日]に彼女が演奏したラフマニノフは妙に上の空で内向きの演奏であった。それにくらべ、この日のショパンのピアノ協奏曲第2番 ヘ短調はリラックスした様子で、甘美なラルゲットでは羽のように軽やかに、かつ衒うことなく演奏し、しかもファゴットのソロの箇所では首席のダニエル·ジェミソンのほうへ感謝の視線を向けるほどであった。両端楽章での彼女のフレージングは特徴的——まるでオペラのレチタティーヴォのよう——で、終楽章では遊び心も垣間見えた。たとえすべてがうまくいったわけではなかったとしても。

アンコールはたいてい彼女の気分をよく表している。日曜日には慌ただしいメンデルスゾーン一曲だったが、この日は30秒間のブーレーズのあと、荒々しく奏されたラフマニノフの前奏曲 ト短調とフィリップ·グラスの光り輝くエチュードが続き、ほのかな微笑みさえのぞかせた。

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Translated by Nahoko Gotoh.

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