クラシック音楽界はどのように変化しているだろうか? 2024年を通じて、Bachtrackは世界48ヶ国における、30,774のコンサート、オペラ、ダンスの公演を掲載した。これはクラシック音楽の公演に関するウェブ上での最大規模のデータベースを構成しており、傾向を見出すほか、クラシック音楽界がどう変化しているかについてのまだ顕在化していない知見を明らかにできる。

Bachtrack Classical Music Statistics 2024 [JP]

最も多く演奏された曲、最も登場回数の多かった作曲家や指揮者、演奏家ほか、完全なインフォグラフィックについてはこちらから

今年も、女性指揮者・作曲家の登場機会の増加や、存命の作曲家の音楽作品の上演頻度の全体的な増加といった、この10年に見られた傾向の多くが続いていることが見て取れる。Bachtrackのリスティングは主要オーケストラやオペラハウス、コンサート会場のシーズンを含むので、ここに認められる傾向からは、こうした主要団体におけるプログラミングの決定の変化の様子を知ることができる。

売れっ子たち

2024年は、トロント交響楽団が2023年から順位を10位上げて、今年のリスティングのなかで最も忙しいオーケストラとなった。コンサートホールにおける指揮者では、クラウス・マケラが昨年の2位からリストのトップへと躍り出た。彼の113回の出演回数は、トロント交響楽団の118回と拮抗している。最も忙しい指揮者トップ10に再び登場したサイモン・ラトルにも注目だ。2024年の78回は前年比で2倍以上となっている。

女性指揮者たちも存在感を増し続けている。今年は、ヨアンナ・マルヴィッツ、ナタリー・シュトゥッツマン、シモーネ・ヤング、クリスティーナ・ポスカ、今年34歳でデンマーク王立歌劇場の音楽監督となったマリー・ジャコなど、有名女性指揮者たちの出演回数が顕著な増加をみせた。そのほかにも出演回数が増えた新進の女性指揮者たちがいるのは、よろこばしい徴候だろう。

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だが指揮の世界においては、いまだ男性が女性より圧倒的に多いということは強調しておく必要がある。私たちのデータベースに挙げられたコンサートのうち、13%が女性指揮者によるもので、これは2023年には11%だった。上位50人の最も忙しい指揮者のうち、女性は5人で、100位以内では13人となる。最も忙しい指揮者上位20位に女性はいない。ソリストと比較すると際立つだろう。2024年のリスティングで10公演以上掲載されたソリストのうち、コンサート・ピアニストの26%、コンサート・チェリストの21%、コンサート・ヴァイオリニストの45%が女性である。

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レパートリーの多様性

今年私たちが関心をもったデータのひとつは、コンサート・ソリストに関するものだ — つまり、誰が何を弾いているか? ひとシーズンのなかで、他のソリストよりも幅広いレパートリーに取り組んでいるソリストたちはいるのだろうか? 案の定というべきか、答えはイエスだ。ただ、一部のソリストのレパートリーの多様性には驚くべきものがあった。私たちのリスティングで4番目に忙しいピアニスト、キリル・ゲルシュタインは昨年なんと18もの協奏的作品を演奏した。ブゾーニの巨大なピアノ協奏曲ハ長調のほか、リゲティのピアノ協奏曲、アデス、ラフマニノフ、ラヴェルのそれぞれ2曲ずつの協奏曲やベートーヴェンの3曲などが含まれた。

最も忙しいヴァイオリニストのふたり、アウグスティン・ハーデリヒとルノー・カプソンは、昨シーズンにそれぞれ17曲、15曲の協奏的作品を演奏した。またチェリストについては、とうぜんより限定的なレパートリーしかないものの、アナスタシア・コベキナ、ソル・ガベッタ、アリサ・ワイラースタインは少なくとも9曲の異なる協奏曲を演奏した。ワイラースタインについては、2曲の世界初演も行っている。昨年10曲以上の異なる協奏的作品を演奏したピアニスト、ヴァイオリニストは、それぞれ15人いた。当リスティングはソリストたちのシーズン中の活動の一部にすぎないが(多くはここに掲載されている以外にも演奏している)、それでもこのサンプリングは一流ソリストたちが限られたレパートリーばかりを演奏しているわけではないことを示している。

チェコ人たちとフォーレの年

ソリスト、指揮者、コンサート企画者たちは何をもってレパートリーを決めるのだろうか?人気、実践性、評判、華やかさなど、いくつかの要因が組み合わされていることはたしかだ。それに加えて、今年のデータから見て取れる動機のひとつとして、作曲家のアニヴァーサリーがある。2024年に記念年を迎えたブルックナー、スメタナ、フォーレ、シェーンベルク。それらのアニヴァーサリーは公演のなかでどう実現されたか?

1924年が没年ということで、フォーレの演奏が急増するだろうと予想された。だがその上がり幅は想定を超えるものだった。フランスでは、フォーレの演奏が243件掲載されたが、これは前年の67件の362%である。イギリスでも同様に、フォーレの演奏機会は250%跳ね上がった。アメリカでは今年は33件しか掲載されていないが、それでも前年比300%である。

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スメタナの生誕200周年はチェコ音楽年2024と重なり、スメタナのオペラの上演回数はほぼ2倍となった。それはドヴォルザークにも影響し、最も演奏されたコンサート演目の作曲家の第10位に浮上した。ドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》は、2024年に最も演奏された作品であった。ヤナーチェクもまた、とくにオペラハウスにおいて順位を上げ、今年最も演奏されたオペラ作曲家の第10位となった。だが、すべての上昇にアニヴァーサリーが関係しているとは限らない。2024年はストラヴィンスキーのオペラの当たり年となり、前年の約350%の92公演が掲載された。

生誕200周年のブルックナーは、とくにドイツとイギリスにおいて、演奏回数の目立った増加が見られた。英国の84件は、2023年の5倍にあたる。ブルックナーの出身地オーストリアでは、少し増えただけだ。むしろ2022年の方が、2024年よりわずかに演奏回数が多かった。ドイツではそうではないが、作品の規模と長さのせいで、オーストリアではブルックナー市場が飽和しているということだろうか?

1924年に亡くなったプッチーニもまた、その没後100周年にオペラ上演の機会が増え、1204件を超える公演数の掲載で、ヴェルディをトップの座から退けた。だが26%増加という割合で考えると、比較的ゆるやかだ。生誕150周年のシェーンベルクの増加の割合は、コンサートで前年比252%とより大きく、また58の注目すべきオペラ上演があった。

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現役作曲家たち

存命の作曲家についてはどうだろうか? 今年もまた、ジョン・ウィリアムズとアルヴォ・ペルトが、最も作品が演奏された現役作曲家となった。だが、2024年の注目すべき増加としてはキャロライン・ショウで、最も演奏された現役作曲家の第4位を占める結果となった。彼女の作品「間奏曲 Entr’acte」は弦楽四重奏版と弦楽オーケストラ版があり、世界中の著名な指揮者や弦楽四重奏団に取り上げられ、演奏は30回を数えた。本作の2024年の演奏回数だけで、2013年にBachtrackに掲載されたどの女性作曲家の演奏回数よりも多い。

また、今年の結果にはカイヤ・サーリアホの死も大きく影響した。96件の掲載は、他のどの年の記録よりも多い。最も演奏された存命作曲家上位20位のうち、8名が女性だ。サーリアホがもはやここに数えられないことは惜しまれる。最も演奏された存命の作曲家のジェンダーについてはより平等化が進んだものの、いまだ年齢には大きな偏りがある。上位20位の年齢の中央値は65だ。だが今年はじめて上位100位に入った若手の作曲家たちもいる。2023年の9回から28回へと大きく演奏回数を伸ばした39歳のリサ・シュトライヒは、とりわけ顕著な例だ。

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存命作曲家の演奏割合は概ね徐々に増加している(昨年の傾向はこちらから)。だがいくつかの地域で、2024年に見られた増加はとくに注目に値する。フランスでは存命作曲家の作品を含む演奏会が、2022年の8.7%から12.3%へと増加した。また、スウェーデンとオーストラリアでは、当リスティングに掲載されている公演数の19%以上において、存命の作曲家の作品を取り上げている。

ただし、これらのリスティングはオーケストラや比較的大規模な会場での活動が中心で、専門的なアンサンブルや現代音楽フェスティヴァルとなると、Bachtrackへの掲載件数は少なくなることを強調しておきたい。

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ダンス

ダンス界では、案の定《くるみ割り人形》が引き続きトップに君臨している。いまだに世界中で最も上演されるバレエ作品で、次いで人気のある《白鳥の湖》よりも約400回多い。ただ、《くるみ割り人形》の上演頻度はわずかながら(11%程度)減少していることがわかる。《シンデレラ》《クリスマス・キャロル》《雪の女王》といった、他の季節ものの演目を取り入れるカンパニーもあるためだ。

クリストファー・ウィールドンの《不思議の国のアリス》が最も上演頻度の高いバレエ作品上位10位にはじめてランクインした。2011年にロイヤル・バレエで初演された同プロダクションは、のちにカナダ国立バレエ団でも上演され、以来世界6つのカンパニーで上演されてきた。

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加えて注目すべきは、最も上演頻度の高いダンス作品中、1幕もののバレエが複数あることだ。新たに再結成したロンドン・シティ・バレエ団の催しで、2024年後半だけでそれぞれ40公演を上回る。シャロン・エイアルもまた、1幕ものを多く手がけ、とくに《Autodance》は人気が高まっている。

エイアルは2年連続で最も頻繁に上演される振付家上位20位に入った唯一の女性だった(13位)。クリスタル・パイトは21位と、ランクインを逃した。ウィールドンは6位に浮上したが、プティパ、イワーノフ、バランシン、ボーン、エイリーらいまだ常連が先行している。最も上演される存命の振付家に関しては、上位20位のうち女性は3名で、上位50位では9名となる。

今後の展望

これらから何が読み取れるだろうか?パフォーミングアーツ団体に大打撃を与えたコロナ流行の惨禍以降、ここ10年に見られた長期的な傾向がいくつか続いている。演奏家や作曲家では機会均等が増したことが確認されたが、今後続くかどうかはわからない。その増加が顕著なところもあれば、わずかに留まるところもある。

私たちの統計では、シーズンがどのように計画されているのかまでは分からない — すでに決められたものであれ今まさに決められているものであれ。オーケストラは、より多くの女性や非白人の作曲家を取り上げ、レパートリーの多様性を確保するための取り組みを継続しているだろうか?女性を客演指揮者やアシスタントに任命するよう、努力を続けているだろうか?それは首席指揮者のジェンダー平等を維持するためには必要なステップだ。ダンス・カンパニーは、振付家の選択における平等が前進するよう、注意を払っているだろうか?

Bachtrackでは、世界中どこであれ、才能を見出せば評価する。でも私たちは、芸術団体は政府とともに、芸術それ自体の健全化において積極的な役割を果たし続ける義務を負うとも考える。パフォーミングアーツの将来については、きわめて不透明なままだ。


Translated by Takuya Niinomi / Nahoko Gotoh.

This article is also available in English.